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山形地方裁判所 昭和38年(モ)154号 判決 1963年9月30日

申立人 武田駒雄

相手方 武田義一

主文

本件申立を却下する。

手続費用は申立人の負担とする。

理由

申立人は、山形地方裁判所昭和三八年(ヨ)第一九号不動産仮処分申請事件につき同裁判所が昭和三十八年三月五日になした仮処分決定は之を取消す旨の判決を求め、その理由として、

相手方は、昭和三十八年三月四日申立人を相手取り、山形地方裁判所に対し、申立人が別紙目録記載の不動産(以下、本件不動産)につき売買、贈与、質権抵当権賃借権等の設定、其の他一切の処分をしてはならない旨の仮処分決定を申請し、同事件は同裁判所昭和三八年(ヨ)第一九号不動産仮処分申請事件として受理され、審理を経た結果昭和三十八年三月五日右申請を認容する旨の仮処分決定が発せられた。そこで申立人は、昭和三十八年四月十八日同裁判所に対し、民事訴訟法第七百五十六条、第七百四十六条に基き本案の起訴命令を申請したところ、昭和三十八年四月十九日同裁判所昭和三十八年(モ)第八七号を以つて、十四日以内に本案訴訟を提起すべき旨の起訴命令が発せられ、該命令は昭和三十八年四月二十日相手方に送達された。之に対し相手方は、山形簡易裁判所に調停を申立て、同事件は山形簡易裁判所昭和三十八年(ノ)第三三号所有権移転登記手続調停事件として係属したが、昭和三十八年六月二十四日の調停期日に於て不成立に決し、右調停事件は終了するに至つた。然るに相手方は、その後本案訴訟を提起することなく徒らに日時を遷延するのみなので、本件申立に及ぶ次第である。

と陳述した。

相手方は、主文第一、二項と同旨の判決を求め、答弁として、申立人の主張事実は全部之を認めるが、申立人の方より相手方を被告とし、既に昭和三十八年七月十九日山形地方裁判所に対し、本件不動産に関する所有権移転請求権保全の仮登記抹消請求の訴を提起しているので、相手方に於て更に本案訴訟を提起する必要はないものと言うべく、従つて本件申立は理由がない、と陳述した。

よつて案ずるに、申立人の主張事実は相手方に於て全部自白するところである。然らば、相手方は前記起訴命令に定められた期間内は勿論のこと、その後も本件口頭弁論終結に至る迄遂に本案訴訟を提起しなかつたことになる。尤も、相手方は前記起訴命令を受けた後、山形簡易裁判所昭和三八年(ノ)第三三号所有権移転登記手続調停事件を申立てているが、一般の民事調停手続は、当事者間に合意が整わないときは調停は成立せず、紛争解決のため更に訴を提起する等の手段によらなければならないから、民事調停の申立は被保全権利について既判力による終局的確定を確保しているとは言えず、従つて、疑問の存するところではあるけれ共、之を起訴命令の予定する訴と同視することは正当でないと考えられる。そうだとすると、相手方は前記起訴命令に違背したことになるので、昭和三十八年三月五日付の仮処分決定は之を取消すべきものの如くであるが、然し乍ら、却つて申立人の方より相手方を被告とし、昭和三十八年七月十九日本件不動産に関する所有権移転請求保全の仮登記抹消請求の訴を提起し、該訴訟は当裁判所昭和三八年(ワ)第一三一号事件として係属していることが裁判上顕著な事実であるので、該訴訟が前記起訴命令の本案訴訟に該当するか否かについて検討を加えることとする。

先ず、昭和三八年(ヨ)第一九号不動産仮処分申請事件の一件記録に徴すると、相手方は申立人に対し、前記の如く本件不動産に関する処分禁止の仮処分を求め、その原因として、相手方は申立人の三男であるが、申立人の妻即ち相手方の実母が他界して後、申立人が後妻を迎えたことから家庭内の円満を欠くに至り、相手方の長兄次兄は何れも別居して他に世帯を持つたため、親族会議の決議により、三男である相手方が所謂武田家の跡継として財産の管理、祖先の祭祀、弟妹の教育扶養、近隣との交際等に当ることになり、爾来相手方は右決議の趣旨に則つて忠実にその義務を履行してきたものであるところ、以上の経緯が原因となつて昭和三十七年十二月二十一日申立人は相手方に対し本件不動産全部を無条件で贈与するに至つた。然るに、贈与契約書には約旨に反し昭和四十五年十二月三十日を以つて本件不動産の所有権を移転すると記載されたため、相手方は取り敢えず山形地方裁判所に対し仮登記仮処分命令を申請して之を得た上、昭和三十八年一月十日山形地方法務局受付第二六五号を以つて本件不動産につき所有権移転請求権保全の仮登記手続を経由し、更に所有権移転登記手続の訴を提起すべく準備中であるが、申立人は最近相手方に贈与した本件不動産を他に売却するか、又は之を担保に供して金員を借用すべく奔走中とのことであるので、止むなく処分禁止の仮処分を求める次第である、旨を主張していることが明らかである。

一方、申立人の提起に係る昭和三八年(ワ)第一三一号所有権移転請求保全の仮登記抹消請求事件の記録によると、申立人は相手方に対し、本件不動産に関する昭和三十八年一月十日山形地方法務局受付第二六五号所有権移転請求権保全の仮登記の抹消登記手続を訴求し、その請求の原因として、申立人は相手方に対し、昭和三十七年十二月二十一日に本件不動産を無条件で贈与したり、若しくは昭和四十五年十二月三十日に所有権を移転する旨の期限付贈与契約を締結した事実は何れも存在しない。仮にそのような趣旨の契約が締結されたとするならば、それは相手方と通謀した訴外武田貞雄が申立人を強迫したことに因るものであるから、申立人は相手方に対し昭和三十八年四月二日付の内容証明郵便を以つて取消の意思表示をした。よつて前記仮登記の抹消を求める、旨主張していることが認められる。

右の事実によれば、相手方の申請に係る昭和三八年(ヨ)第一九号の仮処分は、畢竟申立人の本件不動産に対する処分行為を禁止し、同人名義に存する本件不動産を相手方名義になすべき登記請求権の実行を保全せんとするにあるものと言うべく、然も右仮処分事件と昭和三八年(ワ)第一三一号事件とでは、先ず第一に当事者の面が同一である許りでなく、本件不動産に関する申立人相手方間の昭和三十七年十二月二十一日付贈与契約による所有権移転の有無及び之に伴う所有権移転登記請求権の存否が、争われている権利又は法律関係なのであるから、両事件の審判の対象もまた同一性を持つと考えられる。そうだとすると、昭和三八年(ワ)第一三一号事件は、昭和三八年(ヨ)第一九号事件の本案訴訟たる適格性を有するものと認めるのが相当であつて、右本案訴訟が右保全訴訟の仮処分債務者によつて提起された事情は、前説示に何等牴触しないと言わねばならない。何となれば、昭和三八年(ワ)第一三一号事件の審理によつて、争ある権利の存否が確定されるのであり、又、仮処分債務者側より本案訴訟が提起された場合であつても、保全処分により生じた浮動状態を除去する点に於ては、仮処分債権者が本案訴訟を提起した場合と何等異るところがなく、起訴命令制度の存在理由に反するところがないと考えられるからである。

次に、起訴期間徒過の点について考察を加えるに、起訴命令に指定の期間を経過した場合と雖も、主として訴訟経済の観点より考えるとき、保全命令取消申立事件の口頭弁論終結に至る迄は仮処分債権者は尚本案の訴を提起し、保全命令の取消を排除し得ると解するのが相当であるところ本件の如く本案訴訟が仮処分債務者側より提起された場合も同様と考えられるから、相手方が前記起訴命令に指定された期日より申立人が昭和三八年(ワ)第一三一号事件を提起した昭和三十八年七月十九日迄の間に本案訴訟を提起しなかつたことを事由に、昭和三十八年三月五日の仮処分決定を取消すことは妥当でない。尤も、訴訟経済上の考慮に基く以上の措置が、仮処分債務者に対し不当に不利益を強いる場合には別途の考え方を必要とするであろうが、本件がそのような場合に該当するとは到底認められない。

以上の次第で、前記起訴命令の趣旨に副う本案訴訟は既に提起されている上に、起訴期間徒過の点が宥恕されること前説示の通りであるから、本件申立は却下を免れないものである。よつて、手続費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用した上、主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 西口権四郎 裁判官 石垣光雄 加藤一隆)

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